世界初“新幹線駅直結型スキー場”を実現した施設
GALA湯沢スキー場
“新幹線を降りたらそこがスキー場”そんな夢のようなコンセプトを実現したのが、
バブル期に大きな話題を集めたGALA湯沢スキー場。
“日帰り”かつ“手ぶらでスキー”というスタイルを実現するという画期的な発想で、
多くの人に新たなスキー体験を届けてきたGALA湯沢。開業当時は“トレンディ”ともてはやされ、
今もなおその魅力は輝き続けている。その誕生を支えた安藤ハザマの取り組みとは。
改札出口からたった30秒でゴンドラに乗れる世界唯一の駅直結型スキー場
1987年に国鉄の分割民営化によって誕生したJR東日本が、1990年12月にグループ初の本格リゾート開発としてオープンした大規模施設である。1980年代は空前の好景気に沸いたバブル期に映画『私をスキーに連れてって』が大ヒットし、世間のスキーに対する関心は非常に高かった。そうした時代背景の中で誕生したのがGALA湯沢スキー場だった。
JR東京駅から上越新幹線で、GALA湯沢スキー場のあるガーラ湯沢駅に着くまでは最速で約71分。改札を出てすぐ、駅から30秒で直結のゴンドラに乗れば一歩も外の土を踏まずに山頂にあるゲレンデに到着できる。改札を出ると駅舎はおしゃれなショップが並び、レンタルのスキーウエアやグッズも充実。
クルマがなくても道具がなくても、手ぶらで新幹線に乗って、誰もが気軽に簡単にスキーを楽しめる環境。このコンセプトは、今もなお多くの人々を惹きつけている。
実は“たった半年”でスキー場が生み出されたという驚きの事実
GALA湯沢スキー場の総開発面積は約292ha(東京ドーム約63個分)にもおよび、さらには専用の新幹線発着駅まで新設するという、現代の基準で考えても広大かつ大胆なプロジェクトだ。
JR東日本の誕生直後となる1987年の6月に起案され、1988年8月に第三セクター方式で経営会社が設立されて計画が本格的にスタートした。すべての開発許認可が1990年6月に下りてからの着工となった。計画起案から着工まで3年を要しているが、実はこの規模のプロジェクトとしては非常に早い。
さらにオープン日は、着工からわずか半年後の12月20日に指定されていた。この画期的な大規模リゾート施設を“たった半年”という短期間で完成させるという、極めてタイトな条件での困難なプロジェクトだった。
地域や会社の枠を超えたチームワークが不可能を可能に
GALA湯沢スキー場の着工は1990年6月。梅雨時期でもあり、もともと湯沢地区は雨量が多いことが懸念されたが、幸いにも天候に恵まれ、手戻り工事もなく進めることができたという。
また、一般道をアクセス道として使えるよう地元の理解を得るなど、安藤ハザマは事前の準備にも力を入れていた。さらに湯沢周辺は米どころであり、お盆の後は稲刈りによる深刻な人員不足となってしまう。そのため担当支店だけでなく、他支店からもつてを頼って人員を一気に集めた。実現不可能とも言われたプロジェクトを成功させるために、あらゆる垣根を超えたワンチームで工事に臨んだのである。
その結果、8月のお盆前には25mプール 約690杯分ともなる27万㎥の土工事を完了。ロープウェイの建設では通常の2倍以上の大工を手配し、オープン前日まで延べ600人の職人と、最大49台の重機を投入して、“たった半年”という納期に間に合わせたのだった。
“たった半年”で開業を実現した現場の記録
GALA湯沢スキー場
シーズンが始まる前に「何がなんでもオープンさせ、この事業を成功させる」という決意とプレッシャーの中、1990年のGALA湯沢スキー場の施工時、入社2年目の新人として参加したのが木下 真(現・執行役員 東北支店長)だった。
当人に当時の施工の様子や思い出を聞いた。
「必ずオープンさせる」と、仲間と24時間共にやり遂げた
私が担当したのは、GALA湯沢スキー場のゲレンデに建設するゴンドラ駅舎(終点駅)やレストラン・休憩施設などの複合建築物の工事でした。着工してすぐに水や電気、トイレなどの仮設設備の準備工事を行い、その後、本工事として建物基礎の構築、建物上屋部分の鉄骨工事、外壁工事、屋根工事などを担当しました。
工期は短かったですが「12月にはスキー場のオープンを必ず達成させる」という思いで、協力会社と一緒に工事に臨んでいました。ですから12月の納期までに、無事に竣工を迎えられたのがとても印象に残っています。
また、山の中腹にあるペンションを借りて、現場事務所を宿舎としても利用していました。そこで同僚や協力会社の人たちと寝食をともにしました。今ではあまり考えられないような環境でしたが、仲間との強い絆があったからこそ、この挑戦的なスケジュールでやり遂げることができたのだと思います。
所長に憧れ“いつかは自分も!”という思いに
当時を振り返ると、所長に指導していただいたことをよく覚えています。
山の中での測量や建物の墨出しのイロハを、直接指導していただきました。最初は測量機器を据え付けるのにも時間がかかりましたが、所長には辛抱強く見守っていただけました。そのおかげで現場が完成するころには、測量や墨出しに自信が持てるようになっていました。
その経験から“自分もいつかは現場所長になりたい”という気持ちが強くなり、その後は仕事に対して積極的になったように思います。
目の前のことだけで精一杯だった
当時の私は入社2年目で、目の前のことをやりきることで精一杯であったような記憶が強く残っています。当時、建物が完成してすぐに雪が降り始めたため、急いで工事に関わるものを撤収することに追われて、慌ただしく正月を迎えました。
ゆっくりと建物を見ることができたのは、完成後に行われた定期点検のときです。
ちょうどスキーシーズン中の訪問で、多くの人がスキーやレストランで楽しそうにしているのを見ることができました。その光景を目にして、これこそ無事故無災害で工期内に引き渡しができたことは、施工者冥利に尽きるとしみじみ感じました。
【工事概要】
| 工事名 | 湯沢スキー場C駅舎・ゴンドラ棟新築工事 |
|---|---|
| 発注者 | 上信越高原リゾート開発株式会社(施工当時) |
| 工期 | 1990年6⽉〜12月 |
お客様がより安心してスキーを楽しめるために取り組んだ現場
GALA湯沢スキー場 下山コース
山頂のゲレンデまでゴンドラで直行するスタイルのGALA湯沢スキー場、そこには特有の運営課題が浮かび上がった。
それは強風などでゴンドラが使えなくなると、お客様が山頂に取り残されてしまうという課題だった。
その解決策として2010年のオフシーズンに、下山コース整備プロジェクトが実施されたのだった。
当時その工事に携わった山岸明広(現・北陸支店土木部長)に、当時の様子を聞いた。
「ガーラ・ダイエット」と呼ばれた真夏の超突貫工事
GALA湯沢の下山コースの新設は、2010年のオフシーズンに行われました。
スキー場の営業が終わる5月から、シーズン開始となる11月までの約半年で完成しなければならない超突貫工事です。社内でも「GALA湯沢は特別」と言われるほどでしたね。
大変だったのは、まずは肉体的な負担ですね。工事用のアクセス路がないので、作業員は歩いて山を登る必要がありました。真夏に毎日山を登るのは、本当に大変でした。ただ、最初は第1コーナーで息が切れてしまいましたが、最終的には一気に登れるようになりました。お腹周りもスッキリして「ガーラ・ダイエット」と呼んでいました。
コントロール不能なゲリラ豪雨との戦い
次に苦しめられたのが夏場の夕立でした。午後2時や3時ごろになると、ゲリラ豪雨のような激しい夕立が来るんです。
そうなると工事ができなくなり、作業が何度も中断されました。そうした状況が毎日のように続くんです。ただでさえ時間がないのに、天候には本当に苦しめられましたね。
コースは順番に作っていかないといけないので、前の箇所が終わらないと次に進めないという難しさもありました。頂部付近には非常時の避難用として小さな人道トンネルも作っています。
チーム一丸となって目的に向かった
先にある感動
時間も人手も足りませんでしたから、私も若手社員と一緒に汗を流しながら、測量など現場作業を行っていました。一緒に問題を解決していくような現場だったと思います。
とにかく時間に余裕がありませんから、いかに効率よく作業を進めるかという段取りに力を注ぎました。
今とは違い、働き方から何から全く違う環境でしたので、やはり印象に残っていますが、学びも多かったと感じています。やり遂げることができたのは、チームが一丸となれたからこそだと思います。一体感を持って同じ目標に向かっていけば、何とかなるもんだなと実感しました。
完成した後、家族みんなでGALA湯沢にスキーをしに訪れました。家族と一緒に下山コースを下ったんです。当時、小学生だった子供も「父が大変な仕事をしている」と気づいてくれたようです。施工のときの大変だったことを思い出したのとあわせて、ちょっとウルっときましたね。
【工事概要】
| 工事名 | GALA湯沢スキー場 下山コース新設 |
|---|---|
| 発注者 | 東日本旅客鉄道株式会社 上信越工事事務所 |
| 工期 | 2010年3⽉〜12⽉ |
太平洋と日本海を結ぶ大動脈の難関
関越自動車道 関越トンネル(水上側)
太平洋側と日本海側を結ぶ関越自動車道。
その山に隔てられた場所を結ぶために作られたのが全長約11kmにおよぶ「関越トンネル」だ。
このトンネルの開通は、日本の産業と生活に大きな変化をもたらし、今では人々にとって欠かせない存在となっている。
関越自動車道最大の難関と言われたこのプロジェクトに、安藤ハザマはどう向き合ったのか。
日本の高速道路網の発展を象徴する「関越トンネル」
戦後、人々の暮らしを大きく向上させたのが、全国に張り巡らされた高速道路ネットワークだ。
モノと人を運び、産業を育て、人々の生活を支えてきた。そして1980年代に日本の太平洋側と日本海側を結びつける関越自動車道が完成する。この完成によって、東京から新潟までわずか3時間で行き来できるようになった。
新潟などの日本海側の物産がより身近になっただけでなく、工場や大企業の多くが日本海側に進出する契機になった。また、越後湯沢周辺のスキー場に、関東から数多くの人が訪れるようになったのも、関越自動車道完成の大きな功績だろう。
そんな関越自動車道の最後の難関であり、象徴ともいうべき存在が関越トンネルだ。優美なナポレオンハット(帽子)のようなシルエットは、工業デザイナーである柳宗理氏の手によるもの。威圧感を与えず、ドライバーをスムーズにトンネル内に導いてくれるデザインだ。日本の高速道路網発展を象徴するシンボルと言えよう。
関越自動道開通のための最後の難関
関越自動車道は、1980年に東京~前橋間の開通に始まり、1984年には長岡~湯沢間が開通したことで、全体の70%近くが完成していた。
しかし、残された月夜野~湯沢間の約36㎞は、急峻な谷川連峰が待ち構えた関越自動車道の最大の難所であった。そこで計画されたのが、全長10,855m、当時日本最長となる関越トンネルだ。
関越トンネルの施工は、峻険をもって知られる谷川連峰に位置するため、豪雪で雪崩が押し寄せ、あるときはクレーンがつぶされたことがあった。また、大量の湧水によって、2か月の間少しも掘削が進めなかったことも。さらに貫通式も、トンネル内のコンクリートにひび割れが発生して、2か月遅れている。
さまざまな困難に見舞われながらの工事が8年間も続き、1985年にようやく開通にこぎつけることができたのだ。
世界初・日本初の先進技術を積極採用
関越トンネルは、数多くの最新技術が採用されているのも特徴だ。
そのひとつが、世界初の電気集塵機付き立坑送排気型縦流換気方式だ。これはトンネルの中を横方向に吸排気ダクトを設置するのではなく、2本の立坑を作り、そこで換気を行う。吸排気ダクトがないため、トンネル断面が小さくでき、また維持管理費も安くできるという経済的な手法である。
それ以外にも、掘削スピードの速い油圧式全断面ジャンボー(大型さく岩機)の本格採用を日本で初めて実施し、世界最大級・低公害型のダンプトラックを使う効率的なタイヤ方式のズリ出し(トラックを使用した土砂の搬出)など、当時として画期的な新技術を積極的に採用していた。
【工事概要】
| 工事名 | 関越トンネル水上側工事 |
|---|---|
| 発注者 | 日本道路公団東京第2建設局(施工当時) |
| 工期 | 1977年11月~1985年10月 |
越後湯沢・魚沼周辺のグルメドライブ紀行
日本各地の優れた食と安藤ハザマの仕事をグルメドライブでつなぐ。
手がけてきた施工実績は人々に親しまれながら、地域の暮らしとともに時を重ねていく。
1978年創刊の自動車情報誌『CAR and DRIVER(カー・アンド・ドライバー)』とともに、
その周辺エリアで楽しめる絶品グルメや立ち寄りスポットを巡るドライブプランを紹介しよう。

美しい自然と優れた食を求める旅は、貴方の人生をより豊かなものとしてくれる。
日本全国に存在する、まだ知られていない優れた食、いわゆる“優食”を求める旅。
今回は関越トンネルを抜けた先の越後湯沢・魚沼を目指す。
雪国だからこそ味わえる優れた大地の恵み
越後湯沢・魚沼と聞けば、誰もが“雪”“米どころ”を思い浮かべることだろう。越後湯沢はスキー場がひしめきあう地区として知られるし、魚沼は“こしひかり”のブランド米“魚沼産コシヒカリ”として有名だ。面白いもので、雪と米の2つには関係がある。雪が多い地域は、当然、水が多くなる。そのため水を多く使うコメ作りに有利になるのだ。また、水が多ければ、当然、山林の自然も豊かになる。そんな大地の恵みが生んだ優食を目指し、越後湯沢・魚沼へと向かった。
最初に紹介したいのが、2026年1月よりオーベルジュ(宿泊設備付きレストラン)にリニューアルした“醸す森”だ。ここは越後湯沢から国道353号線を北上した十日町の山中にある全9室のこぢんまりとした宿。昨年まで在籍した系列の“酒の宿 玉城屋”でミシュラン1つ星評価を得た栗山昭シェフは、地のジビエや野菜を積極的に用いる。フレンチの冴えわたる技と雪国の大地の恵みが融合する料理は、わざわざ遠出する価値ある優食である。
宿のレストランスペースは、大きな窓に面しており、美しい里山の自然を感じながらの食事が楽しめる。冬の雪景色だけでなく、夏の新緑も目を楽しませてくれるだろう。都会の生活に疲れた旅人の心を癒し、お腹を満たす宿である。
Pick up
“醸す森”の看板シェフ栗山氏の料理。上の写真はメインの“いのししのロースト”。写真はコース(1万5000円~)で、前菜の“アミューズブーシュ”、 “大根の雪仕立て”。可愛らしさと美しさ、美味しさ、すべてが楽しめる
越後湯沢の北方に位置する十日町の山中に小さなオーベルジュ“醸す森”がある。食事込みの宿泊客がメインとなるが、料理だけで訪れるファンも多いとか。一日1組限定の2階建てのヴィラも大人気。温泉“縄文の湯”も用意されている
越後と魚沼の名物と地元の自慢の優食を味わう
越後湯沢・魚沼に来たならば、必ず試してほしいのが地元自慢の“へぎそば”と、コシヒカリの本場ならではの“ご飯”だ。 へぎそばとは、“へぎ”と呼ばれる器に盛られた、そばのこと。ひと口ずつ食べやすいように“手振り・手びれ”に並べて提供するスタイルも特徴だ。また、越後上布に使うフノリ(海藻)を、そばに含ませているため、独特の風味が楽しめる。目で楽しめ、ノドで感じる、越後自慢の味である。試すなら、発祥の店でもある“小嶋屋総本店”で決まりだ。
コシヒカリで知られる魚沼のご飯を試したいなら、道の駅、南魚沼の食事処“ちゃわんめし たっぽ家”がおすすめだ。地元産のコシヒカリを使った定食を数多く用意する。また、道の駅の売店では“おにぎり”も販売されている。名高いコシヒカリを現地でいただくのも旅のだいご味だ。
Pick up
越後の郷土料理“へぎそば”は、“へぎ”と呼ばれる器に、そばを一口ずつ盛る。フノリを含む風味は独特。“小嶋屋総本店”でいただくのが王道だ
道の駅“南魚沼”の地元農産物の直売所“四季味わい館”では、写真のような地元・南魚沼産のお米(コシヒカリ)を使った各種おにぎりが大人気だ。本場のコシヒカリの味を試してみよう
道の駅“南魚沼”の食事処“ちゃわんめし たっぽ家”(写真上)。写真右の“和豚もちぶた生姜焼き定食”(1200円)のように、地元のお米(コシヒカリ)を主役とした定食を数多く用意している
さらに美味しいものを求めるなら、日本酒“八海山”で知られる八海醸造が運営する“魚沼の里”を見逃してはならない。お酒だけでなく、スイーツから食事、雪室(ゆきむろ)体験や資料館見学まで幅広いメニューが用意されている。越後の大地の恵みを体感できる素晴らしいスポットといえるだろう。また、甘党の方は、越後湯沢駅近くの宿“HATAGO井仙”内にあるカフェ“水屋”のロールケーキ“湯澤るうろ”をおすすめしたい。まるでスフレのようなフンワリしっとりした食感は、これも越後湯沢で出会った優食である。
最後に、ちょっと個性的な体験スポットを紹介しよう。それが“ボイス・スタジオ・カンパニー”だ。陶芸工房でありながら、ドッグランとカフェが一体化している。
土の声、犬の声、人の声に耳を傾けるゆったりとした時間。それこそが、人生の彩りを豊かにする旅といえるだろう。
霊峰・八海山の麓、南魚沼の里山にある“魚沼の里”。日本酒“八海山”の製造所をはじめ、カフェや雑貨店のある“八海山雪室”、“そば屋長森”、菓子処“さとや”、“つつみや八蔵”などを擁する。
Pick up
“魚沼の里”の菓子処“さとや”で人気の“さとやバウム”(小・1750円)。生地に那須御養卵と米粉、新鮮な酒粕を練り込んで、しっとりと焼き上げた
“HATAGO井仙”内カフェ“水屋”のロールケーキ“湯澤るうろ”(ホール・1680円/カット・480円)。スフレチーズケーキのような食感が人気の理由
陶芸体験(一日体験120分4800円~)が楽しめる“ボイス・スタジオ・カンパニー”。ドッグパークとカフェを併設するため愛犬家の来訪も多いとか
Drive MAP
越後湯沢と魚沼を中心に十日町まで足を伸ばすドライブを紹介する。目的スポットそれぞれの距離が、それなりに離れているため、しっかりとしたプランニングが重要となる。ワインディングも多いので、運転好きには楽しいはずだ。
Ⓐ越後湯沢・魚沼エリアにクルマで訪れるときに利用するのが関越トンネルとなる
Ⓑ越後湯沢・魚沼はスキー場が集中するエリア。中でも知名度の高いのが“GALA湯沢”だ
Ⓒ日本酒製造所を中心にカフェや雑貨店、菓子処など複数の施設を擁する“魚沼の里”
Ⓓ地元名物の“へぎそば”。その発祥の店“小嶋屋総本店”は、十日町の街中にある
Ⓔ美しい森の風景と、素晴らしい優食をゆったり楽しめる、オーベルジュ“醸す森”
Ⓕコシヒカリが味わえる、食事処“ちゃわんめし たっぽ家”のある道の駅“南魚沼”
Ⓖ越後湯沢駅の最寄りにあるロールケーキが話題の“HATAGO井仙”内カフェ“水屋”
Ⓗドッグラン併設で、愛犬家にも人気の陶芸体験スポット“ボイス・スタジオ・カンパニー”
問い合わせ先 問い合わせ先/Ⓒ魚沼の里:☎0800-800-3865 Ⓓ小嶋屋総本店:☎025-768-4433 Ⓔ醸す森:☎025-596-2200 Ⓕ道の駅 南魚沼/たっぽ家:☎025-783-4500 Ⓖ水屋:☎025-784-3361(HATAGO井仙) ⒽVOICE STUDIO COMPANY:☎025-788-1492
【コンテンツ提供】CAR and DRIVER(株式会社カー・アンド・ドライバー)
※ このページは2026年1月時点の情報を元に構成しています。