2000頭もの競走馬が暮らす美浦トレーニング・センターでの大規模改築。この巨大な“馬の街”では馬に気づかれずに施工をしなければいけない!?はたしてウマくいくのか?
競馬ファン注目!競走馬2000頭が暮らす調教施設を大改築
| ドボくん | 「今日の現場は、生き物がたくさんいるらしいよ」 |
| ケンチくん | 「ってことは、動物園?それともサファリパーク?」 |
| ドボくん | 「水族館かもよ!」 |
期待に胸を膨らませた2人が着いたのは、茨城県稲敷郡美浦村。霞ヶ浦に沿った道を進み少し入った先に、「JRA美浦トレーニング・センター」の看板が見えてきた。
| ケンチくん | 「JRAってことは…」 |
| ドボくん・ケンチくん | 「馬だ!!」 |
事務所でにこやかに迎えてくれたのは、統括所長のアツシと、所長のマッスーのゴルフ大好きコンビ。
| アツシ | 「美浦トレーニング・センター(トレセン)へようこそ!ここはJRAこと日本中央競馬会が運営する競走馬の調教施設で、およそ2000頭もの競走馬がレースに向けたトレーニングや体調管理を行っているよ」 |
| マッスー | 「敷地は約224万㎡で、東京ドーム約48個分。敷地内にはトラック型のコースや坂路(はんろ)、スイミングプールなどのトレーニング施設をはじめ、厩舎(きゅうしゃ)、競走馬診療所、さらに調教師や馬のお世話をする厩務員、騎手の宿舎もあるよ」 |
| ドボくん | 「広い!」 |
| ケンチくん | 「迷子にならないようにしないとね」 |
| アツシ | 「美浦トレセンでは、2011年から大規模な工事が行われていて、北の杜と西厩舎の改築や、競走馬プール改修、坂路馬場や南馬場へコースを新設する工事は完了している。現在は第3期として北馬場のあった場所に厩舎や競走馬診療所を建設するほかに、調整池や逍遥馬道(しょうようばどう:馬がリフレッシュするための森林馬道)をつくっているよ」 |
南北にあった調教エリアを南馬場に集約し、北馬場のあった場所に厩舎や診療所を建築する
| マッスー | 「美浦トレセンの改築は、競馬ファンから大いに注目されているんだ。特に2023年に完成した坂路馬場は国内最大級の急勾配コースで、高い運動効果を狙っているよ。トレセンは滋賀県の栗東にもあるんだけど、栗東でトレーニングする競走馬よりも、美浦のほうが強くなるのでは、と多くの競馬ファンから注目されているんだ」 |
全長1200mに高低差33mもある坂路コースは、従来のコースから高低差を18mもアップさせて改造
| ドボくん | 「そういえば、安藤ハザマは栗東トレセンの厩舎も担当しているよね」 |
| ケンチくん | 「そうそう!JRAといえば京都競馬場の整備もだよね」 |
| アツシ・マッスー | 「(この子達、詳しすぎる…)」 |
馬に姿を見せてはいけない?美浦トレセンの特殊なルールとは
| ドボくん | 「馬はどこにいるんですか?早く会いたいな」 |
| アツシ | 「おっと、大事なことを言ってなかった。実は、馬には会わない決まりになっているんだ」 |
| ケンチくん | 「えっ、どうして?」 |
| アツシ | 「馬はとてもデリケートな生き物と言われている。知らない人や大きな重機が視界に入ることでストレスを与えたり、パニックを起こすような危険を避けるためなんだ。なかには大きなレースで何億円も稼ぐ競走馬もいるよ。万が一、工事が原因でケガやストレスを与えてレースに影響が出てしまうと…」 |
| ドボくん | 「僕のおこづかいじゃ弁償できそうにないな…」 |
| マッスー | 「工事の騒音や振動にも配慮しているよ。また、馬の生活サイクルに合わせて作業時間も決まっているんだ。作業ができるのは、毎朝の調教が終わってから。時季によって調教の時間が変わるので、始業時間も合わせているよ」 |
馬が調教を終えて厩舎に戻ってから作業開始。上記のほかに初夏季、晩夏季でも作業時間が変動する
| ケンチくん | 「トレセンの中では、馬のことを第一に考えて行動しなくちゃいけないんだね」 |
| アツシ | 「それがわかればOK!あとは現場でいろいろ見てきてね。完成後も一般の人は入れない珍しいところだから、しっかりレポートしてきてね!」 |
職員たちの移動手段は自転車。事務所から現場までは数kmに及ぶことも
事務所に大きく掲げられたスローガンは、リーダー会(協力会社の職員たちで結成された団体)で募集して選ばれた作品。ウマい!
馬の快適性を追求した厩舎の中に潜入!
所長のマッスーの案内で、現在施工中の厩舎へ。待っていてくれたのは若手社員のオカちゃん。
| オカちゃん | 「今回の第3期工事では、40 棟の厩舎を施工しています。厩舎は調教師さんが1棟(1区画)ずつ借用することになっていて、基本的にはすべて同じつくりです。馬が生活する馬房棟をはじめ、事務所棟、馬脚洗場棟があります」 |
| ケンチくん | 「赤い屋根と緑の屋根の厩舎があるのはどうしてですか?」 |
| オカちゃん | 「広くて同じような建物ばかりなので、迷わないようにするためです。トレセン内の馬道は一方通行で簡単に引き返せないため、東向きの厩舎の屋根は赤色、西向きは緑色になっています」 |
厩舎エリアには赤と緑の屋根が規則正しく並ぶ。青色の屋根は、出張に来た馬や馬房棟に収容できない際に使用する出張(調整)用厩舎
馬は暑さに弱いため、西向きの厩舎には、西日対策のために下がり壁が取り付けられている
道は車道と馬道に分かれている。馬道は馬の足への衝撃を吸収できるゴム素材を使用
| ドボくん | 「厩舎によっては丸い家みたいなのがあるのはなんですか?」 |
| オカちゃん | 「馬用のウォーキングマシンですね。前庭のスペースは自由に使用できるようになっていて、調教師さんの要望で設置しているところもあります」 |
調教馬場まで移動しなくてもトレーニングができるため、ウォーキングマシンの設置を要望する調教師さんも多い
| オカちゃん | 「馬房棟は馬同士が対面するつくりになっていて、最大23頭を収容できます。馬房は3.3m×4m=13.2 ㎡で約7.2 畳あり、馬が中で方向転換しながら動けるくらいの広さです」 |
暑さ対策のため、大型扇風機のほかに、調教師の要望により冷房も完備できる
| ケンチくん | 「入口扉がおもしろい形をしてる!馬が頭を出せるようになってるんだね」 |
| オカちゃん | 「いいところに気がついたね。他にも人間の部屋とは違う工夫があるんだけど、わかるかな?」 |
| ドボくん | 「あっ、窓が内側から開けられないよ!」 |
| オカちゃん | 「正解〜!人間が馬房に入らなくても開閉しやすいように、馬房の外側に鍵がついているんです」 |
窓の鉄格子が内側(馬房側)にあり、人間が開閉しやすいように外側に鍵がついている
| オカちゃん | 「その他にも、壁は馬がかじっても大丈夫なように、コート剤を使わないベニヤ板仕上げで、傷んだ部分だけを交換できるようにパネルのはめ込み式にしています。床は3層構造で、不陸(ふりく)が発生した際も、容易に表層の取り替えができる構造になっています」 |
| ドボくん | 「馬が気持ちよく過ごせて人間の管理もしやすいように、いろいろな工夫がされているんだね!」 |
床は真砂土+固化材、砂、真砂土+固化材の3層仕上げで厚さは15cm もある
重機を隠す!?馬の生活を守る時間との戦い
| ケンチくん | 「オカちゃんが厩舎の施工を担当してきて、大変だったことはなんですか?」 |
| オカちゃん | 「やっぱり馬への配慮ですね。朝の調教以外にも、昼に厩舎から馬が移動する時間があって、その間はできる作業が制限されます。大きな音を出す作業もそうですし、馬が通過する位置から見える重機は移動して隠していました」 |
油圧ショベルやクレーン車などの高さのある重機は極限まで低くして、馬が翌朝の調教で移動する時に見えないように配慮
| マッスー | 「もう少しで終わりそうなときでも、作業を中断しないといけないのがもどかしかったね」 |
| オカちゃん | 「特に基礎工事は、大型の重機もたくさん稼働するから大変でしたよね。思い出すだけで…」 |
| ドボくん | 「わかる。僕も毎朝、あと5分だけ寝かせて〜って思うよ」 |
| ケンチくん | 「ドボくん、それちょっと違う」 |
| オカちゃん | 「そんなわけで、現場での作業時間を短縮するためにPCa(プレキャストコンクリート)を活用することにしました」 |
| ドボくん | 「プレキャストコンクリートって、あらかじめ工場でコンクリート製品を製造して、現場で組み立てることだよね!」 |
| オカちゃん | 「第1期と第2期で別エリアの厩舎を施工した際の経験を活かして、今回新たに馬脚洗場棟のPCa 化に取り組みました。PCa 化のおかげで厩舎の全棟を同じサイクル工程で施工することができ、1 棟あたりの施工時間を大幅に短縮できました」 |
| マッスー | 「同じ厩舎を40 棟つくることになるので、1 棟が楽になれば、40 棟分も楽になる。過去の経験を活かしながら改善案を探っていくのが、我々の実力の発揮しどころだね」 |
基礎と壁部分にPCa を活用。逆T字状の大型のコンクリートを工場で製造して搬送し、現場で組み立てた
手術も行う競走馬の総合病院「競走馬診療所」
次にやってきたのは競走馬診療所の施工現場。愛知県出身の馬館長と山梨県出身のキングが迎えてくれた。
| 馬館長 | 「競走馬診療所は、怪我や病気の治療をはじめ、防疫、出走の可否を判断する馬体検査、装蹄なども行われる、競走馬の総合病院です。薬局棟、競走馬診療所2棟、検査棟、入院馬房棟、感染・ICU棟、RI棟を建設中です。早速、入ってみましょう!」 |
| ドボくん・ケンチくん | 「レッツ・ゴー!」 |
| 馬館長 | 「競走馬診療所2号館には、馬の手術室があります。地下へ降りる階段があるでしょう?これは獣医さんが馬を下から覗き込みやすくしているんです」 |
| ドボくん | 「馬の体勢を変えるのは大変だから、人間が馬に合わせて診療できるように工夫されているんだね」 |
地下への階段は 4段分。人間の手術室のように手術時間と麻酔時間が表示される
| 馬館長 | 「入院馬房の壁は、通常の馬房と違ってゴム仕様。これは怪我で入院した馬が、壁に体をこすりつけて傷を刺激しないようにするためです。また、点滴を吊るすためのフックも設置されています」 |
壁の下半分がゴムで覆われている。天井から下がっているのが点滴用のフック
| 馬館長 | 「トレセンの診療所では、装蹄炉(そうていろ)も欠かせない施設です。馬の蹄(ひづめ)に蹄鉄(ていてつ)を取り付ける際に、装蹄炉で蹄鉄を加熱して、蹄に合うように曲げて調整します」 |
3つの装蹄炉を設置
蹄鉄は、馬の蹄を保護するために装着する
日本にここだけ!「敷き藁(わら)装置」とは?
キングに「ぜひ2人に見せたいものがあるんです」と言われたドボくんとケンチくん。ワクワクしながら着いていくと、地下へ続く階段が。
| キング | 「ここに、日本初の装置があるんです!」 |
| ドボくん・ケンチくん | 「日本初!?」 |
通された地下の一室は、なにやら大きな装置がみっちりと並べられている。
| キング | 「ここはRI 棟といって、馬にRI(ラジオアイソトープ)を使用した検査、すなわち放射線を扱う場所です。RI 検査をした馬が生活に使用した藁や排泄物には、放射性物質が付いてしまうため、安全に廃棄できるように処理をしなければいけません。そこで使用するのが、この敷き藁装置です!」 |
| ドボくん・ケンチくん | 「おおーっ!」 |
日本初!キング自慢の敷き藁装置
| キング | 「敷き藁装置は1階の床とつながっていて、1階で馬が使用した藁や排泄物がそのまま装置の中に入ってきます。そこに薬剤を投入して攪拌、さらに薬剤を投入して攪拌、とおよそ48時間処理を繰り返して、放射性物質を減らしていきます」 |
| ケンチくん | 「どうして日本初なの?」 |
| キング | 「人間用のRI 廃棄物処理装置はあるものの、競走馬用としては初めての試みなんです。人間用よりも大きくオーダーメイドとなるため、製造する会社と何度もやりとりを繰り返して試行錯誤しました」 |
| ドボくん | 「建物を施工するだけじゃなくて、完成後に使用する装置の準備までするの?」 |
| キング | 「設計にもかかわるほどの大きな装置だしね。僕が担当する設備施工管理は、電気や配管、空調など完成後の施設が安全に正しく使用できる仕組みをつくるのが仕事なんだ。装置の特性をしっかり理解して、配置や搬入を工夫しながら長く安全に使用できる設備を整えるのが大事な役割なんだよ」 |
| ケンチくん | 「大変そうだけどやりがいのある仕事だね!」 |
同期3人によるお悩み相談。その内容とは?
帰り支度をしていたところ、オカちゃん・馬館長・キングの3人にバッタリ遭遇。
| オカちゃん | 「ドボくん、ケンチくん。今日はおつかれさまでした!」 |
| ケンチくん | 「ありがとうございました!みんな仲良さそうですね」 |
| 馬館長 | 「僕らは入社4年目で同期なんです。全国各地に現場があるから、同期が集まること自体珍しいんだけど、ここは社内でも大所帯の現場ですし。現在40名、多い時は58名もの職員が働いていたんですよ」 |
| キング | 「同期がいると、いろいろ助かることも多くて。ちょうど今もオカちゃんに相談をしていたところです」 |
| ドボくん | 「何を相談してたの?」 |
| キング | 「オカちゃんって、コミュニケーションが上手いんです。この間も親くらい歳の離れた職人さんたちとフランクに話してて。僕は人見知りなのでテクニックを伝授してもらえたらなーって」 |
| オカちゃん | 「特別なテクニックはないけど、挨拶は大事ですね。何かお願いするときも、普段から挨拶している人だと話しやすくなりますし。相手の目を見て、笑顔で、元気よく!あとは、ごくたまに、くだけた話し方を入れるとぐっと距離が近くなるかも」 |
| 馬館長 | 「同期だけでなく、同じ部署の担当が何人もいるのも大所帯の現場の魅力だよね」 |
| キング | 「人が多いほど知識が集まるよね。僕の場合、設備担当の中にも電気が専門の人もいれば、水・空調が専門の人もいるので、相談もしやすいし、いろいろな角度からの意見が出てくるのがすごく勉強になるよね」 |
| ドボくん | 「これまでの現場で学んだ経験と知識を持ち寄って、より良い方法を探して仕事に活かしていく。そうやってぐんぐんレベルアップしていくんだね!」 |
| ケンチくん | 「僕らも負けずにレベルアップしていこう!ということで、ドボくん、宿題やった?」 |
| ドボくん | 「ギクッ…」 |
<工事概要>
| 工事名称: | 美浦トレーニング・センター厩舎改築(第3期)工事 |
| 所 在 地: | 茨城県稲敷郡美浦村大字美駒2500-2 |
| 発 注 者: | 日本中央競馬会 |
| 設 計: | 株式会社 山下設計 |
| 設計監理: | JRAファシリティーズ株式会社 |
| 工 期: | 2022年9月7日〜2025年9月30日 |
| 工事概要: | 厩舎(S造)・競走馬診療所(RC造、地上2階、地下1階) |
| 建築面積: | 50,417㎡、延床面積 42,583㎡ |
| 取材時期: | 2025年4月 |

